伊勢使王表凡例

●	伊勢の皇大神宮は、皇室の祖先神にして天皇統治の初祖である天照大神を奉祀しており、皇室の氏神・祖廟であると同時に國家の宗祀であった。　そのため、伊勢神宮へは、朝廷から、年中恒例の四つの祭祀 ―― 二月四日の祈年祭（としごひのまつり）と六月十一日・十二月十一日の二度の月次祭（つきなみのまつり）と九月十一日の神嘗祭 ―― において、奉幣使が差遣された（四度ノ幣、常幣）。　　※『日本三代實録』元慶六年十月廿七日丙寅　　※『類聚國史』巻三「伊勢太神」元慶六年十月廿七日丙寅　また、天皇の即位・大嘗會・元服や、皇室・國家・神宮に重大事が起こった場合にも、臨時の奉幣使が伊勢神宮へ差遣された（廣義の臨時奉幣）。
●	「四度ノ幣」のうち、神祇官祭祀である祈年祭と月次祭の奉幣使は中臣氏の神宮祭主（中臣祭主）が勤仕した。「神祇官を隷下に置く太政官祭祀」（小松馨氏の言葉による）である神嘗祭の奉幣使には、主使の諸王と副使の中臣（中臣氏）・忌部（齋部氏）が勤仕した。また、後執者（執幣者）が奉幣使に隨行した。この神嘗祭の奉幣は、例幣と呼ばれる。
●	天平二年（七三〇）閏六月十一日、制により、伊勢太神宮への奉幣使として卜定されるのは、五位以上の者とされた。　◎『續日本紀』天平二年閏六月甲午　◎『類聚國史』巻三「神祇」三「伊勢太神」天平二年閏六月甲午　　「制。奉幣伊勢大神宮者、卜食五位已上宛使、不須六位已下。」
●	奉幣使の諸王は、史料に、「使王（つかひのおほきみ）」、「王使」、「正親（おほきみ）」などと記される。　太政官において、五位以上の諸王（王大夫）四人の名を記し、神祇官に卜定を依賴する。神祇官は卜定の結果を太政官に注進する。卜定された諸王は太政官に召還され、使王勤仕を命じられる。太政官から奉幣を命じられた使王は、主使として、宣命を帶びて伊勢神宮に參向する。副使の中臣・忌部は、神祇官から奉幣を命じられ、使王と同行する。中臣は宣命を神宮に奏上する。忌部は大神宮（内宮）幣を奉持する。奉幣使に隨行する後執者は豐受宮（外宮）幣を奉持する。　例幣の後執者は、元来、卜人が勤仕したが、やがて卜部氏が專ら勤仕するようになり、ついには「四姓使」として、奉幣使の構成員となるに至った。
●	四姓使の發遣の儀は、本來は神祇官と大極殿とにおいて行なわれたが、寛弘二年（一〇〇五）十月に大極殿が燒亡した後は、内裏を大極殿に擬した。
●	伊勢齋宮の群行は、九月吉日、主に神嘗祭の日に行なわれた。齋宮群行が例幣式日である九月十一日より以前に行なわれた場合は、例幣使も式日より前に發遣された。　齋宮を伊勢へ送りとどける監送使（長奉送使）には、例幣使または臨時奉幣使の諸王も同行した。　退下した前齋宮を京に迎える奉迎前齋王使は、「延喜齋宮式」によると、近江と伊勢の國境（吉事による退下の場合）あるいは伊賀と伊勢の國境（凶事による退下の場合）にまで出迎えるものと、伊勢の齋宮にまで出迎えるものがあり、後者には諸王が任じられている。
●	臨時奉幣においても、例幣と同様、「四姓使」が奉幣使を勤仕する。ただし、元来、臨時奉幣の主使は必ずしも諸王が勤仕したわけではなく、諸王が勤仕するようになったのは、平安中期以降からである。　これについて、小松馨「神宮奉幣使考」（三五九～三六〇頁）には、「背景として、十世紀初頭あたりを最初の転換点として、国家体制が律令国家から王朝国家へと変化したことが考えられる」と述べられている。　また、祈年穀奉幣は、臨時奉幣が恒例化したものとされる。（小松馨「平安時代中期に於ける神社信仰」・「祈年穀奉幣について」）
●	祈年祭・月次祭と臨時奉幣との期日が重なった場合、祈年・月次使の中臣が臨時奉幣の副使を勤仕し、祈年・月次幣を臨時奉幣使に付ける。從って、祈年・月次使を使王が勤仕したわけではない。（『神宮典略』八「祭祀」上「臨時奉幣」臨時祭；小松馨「神宮奉幣使考」）
●	遷宮神寶使は、元來辨官が勤仕したが、平安時代中期頃より、辨官に代って神祇伯や造宮使、また祭主が「辨代」として參勤するようになった。從って、遷宮神寶使辨代の神祇伯は使王とは異なるものである。しかし、諸王の伊勢奉遣という點より、本表に加えた。なお、『中右記』嘉保二年九月七日條によると、神祇伯の辨代としての伊勢參向は「吉例」であるとされている。