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『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[兼綱@]
 
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兼綱王
 
【出自】
 「村上御後」
 
則仲王の男子。
『中右記』保延元年六月廿五日
「村上御後」とは、「天暦御後」とあるべきものであろう。
 系譜未詳。
 
【經歴】
一一一九年(元永二年)生。
『中右記』保延元年六月廿五日條より逆算。
保延元年(一一三五)六月二十五日、元服。同日、五社奉幣伊勢使の使王を勤仕するため、急遽、從五位下に敍される。時に十七歳。
『中右記』保延元年六月廿五日
外記景佐來云。「明日奉幣使王、皆以故障。先々勤此使王十人許也。或城外、或服假、一人不候。但、則仲王男、年十七、今日元服云々。給爵者(【右注】名兼綱。村上御後也)可勤仕使由申上也者」。仍以頭辨奏事由、且又尋例於大外紀信俊之處。注申云。「長暦二年九月十九日被立伊勢奉幣使、王闕了。仍以兼任王俄敍爵、勤仕奉幣使者」。
仰云。「早給爵於兼綱王、可令勤仕使者」。則敍爵宣旨、以消息下知大内記令明了。
保延元年(一一三五)六月二十六日、五社奉幣伊勢使の使王を勤仕。
『中右記』保延元年六月廿四日
『中右記』保延元年六月廿五日
『中右記』保延元年六月廿六日戊辰
今日、五社奉幣也。
・・・・・ 外記申云。「使王一人之時、依不卜、不進卜串」。申上云。「使王御馬申者」。・・・・・ 使王御馬申之由奏聞。宣命返給之次、使王御馬給。
・・・・・ 召使王給宣命。使退出。・・・・・
康治元年(一一四二)六月十一日、臨時伊勢奉幣使の使王を勤仕。時に散位。
『本朝世紀』康治元年六月十一日壬申「月次祭」
月次祭也。・・・・・ 行之如常。但權大納言藤宗輔卿參八省。被立伊勢臨時幣帛使。被副献月次祭使等也。祭主神祇大副大中臣清親朝臣、忌部同少史齋部宿祢致房、卜部權大祐卜部宿祢兼継、散位兼綱王等、爲使。兼綱王賜左馬寮御馬。
久安五年(一一五〇)十一月二十一日、女王祿に際し、女王を連れて見參した。
『本朝世紀』久安六年十一月廿一日癸巳
女王祿也。・・・・・ 兼綱王持參女王見參。
仁平二年(一一五二)三月十八日、石清水賀茂行幸奉幣伊勢使の使王を勤仕。時に散位從五位下。
『本朝世紀』仁平二年三月十八日癸丑
權中納言忠雅ー著仗座、被定申七社奉幣日時使等(當日)。依石清水賀茂行幸御祈也。・・・・・
奉幣諸社使
伊 勢
  散位從五位下兼綱王
  中臣正六位上大中臣爲親
  忌部正六位上齋部宿祢孝宗   (已上以差文入之)
  卜部正六位上伊岐宿祢致兼
・・・・・
仁平二年(一一五二)六月十一日、月次祭に參仕。時に散位。
『本朝世紀』仁平二年六月十一日甲戌
月次祭也。權大納言宗能ー、左少弁範家、參神祇官行事。散位兼綱王參仕。
長寛三年(一一六五)二月二十六日、祈年穀奉幣伊勢使の使王を勤仕。
『伯家五代記』所收『顯廣王記』長寛三年二月廿六日
祈年穀奉幣。・・・・・ 「王、兼綱【柳原本】」。伊世使、王兼綱【「王兼綱」柳原本ナシ】、中臣權少祐親頼、忌部大隅前司孝重、卜部權大副兼康(八男【柳原本ヨリ補】)以易兼定、爲代印【官カ】。
『山槐記』長寛三年二月廿六日乙巳
仁安二年(一一六七)十二月七日、五社奉幣伊勢使の使王を勤仕。
『伯家五代記』所收『顯廣王記』仁安二年十二月七日[庚子【柳原本】]
五社奉幣。・・・・・ 伊世使、王兼綱、中臣親頼、忌部【柳原本「茂」】義重、卜部親宗。延引畢。依無幣物也【柳原本「依之幣物也。公家御祈。同悲哉。可云陵遲」】。
嘉應二年(一一七〇)二月十五日、祈年穀奉幣伊勢使の使王に選ばれず。
『玉葉』嘉應二年二月十五日丙申
・・・・・ 次外記祐職持參卜串(納筥)。置余前。余置笏(奧)。引寄筥取出卜串(乙下合也)。透見之。返入筥賜之。仰可開之由。外記取筥置前。以不合之卜串、筥下方横置之。開乙下合(懷言王)・丙合(兼綱王)等。乍筥進之。余見了返給。仰可遣乙下合者之由(其詞云。乙下合懷言王ヲ遣セ)。祐職稱唯退出。・・・・・
承安四年(一一七四)二月十三日、祈年穀奉幣伊勢使の使王を勤仕。
『吉記』承安四年二月十三日庚午
今日、祈年穀奉幣也。・・・・・
  伊勢(兼綱王 ・・・・・)・・・・・
『古事類苑(神祇部二)』神祇部二十五「祈年穀奉幣」九六頁
安元三年(一一七七)六月十五日、臨時十社奉幣伊勢使の使王を勤仕。
『伯家五代記』所收『顯廣王記』安元三年六月十五日
十社奉幣。伊勢使、王兼綱、中臣範隆。
自神祇官發遣。伊勢使、王兼綱、中臣範隆、忌部宗興、卜部致貞。
治承元年(一一七七)九月十六日、告石清水行幸伊勢奉幣の使王を勤仕。
『伯家五代記』所收『顯廣王記』治承元年九月十六日[壬子【柳原本】]
來月五日八幡行幸之由、有七社奉幣。自神祇官發遣。上卿。弁。伊勢使、王兼綱、中臣永親、忌部致貞、卜部。
治承二年(一一七八)八月二十四日、伊勢公卿勅使副使の使王を勤仕。
『伯家五代記』所收『顯廣王記』治承二年八月廿四日
公卿勅使發遣。權大納言邦綱卿勤之。・・・・・ 兼日可被發向權大納言實房卿之處、俄依服暇、此卿所發向也。・・・・・ 副使、王兼綱、中臣永親、忌部明茂、卜部致貞。
 
【文獻等】
藤森馨『平安時代の宮廷祭祀と神祇官人』(大明堂、平成十二年(二〇〇〇)九月)


 
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公開日時: 2009.12.21.

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