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『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[兼通]

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兼通王
 
 使王代
『地下官人家領家業之記』
兼躬王」と作すは誤りならん。
 
【本名】
 中原朝臣賢長源朝臣兼躬)[河越兵庫頭]が、多く「兼通王」の名で伊勢使王代を勤仕(「
兼時王」の名でも伊勢使王代を勤仕)。
 中原賢長(源兼躬)は、中原朝臣賢充(源朝臣兼字)[河越兵庫頭](もと清原朝臣賢充)の男子。
中原賢長(源兼躬)の子の中原朝臣賢兼(のち源朝臣賢兼)[河越兵庫頭]は、「賀通王」の名で伊勢使王代を勤仕。
 
【經歴】
寶永四年(一七〇七)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』寶永四年九月十一日庚申(『稿本東山天皇實録』三八八頁所引)
快リ。例幣也。上卿園大納言【基勝】。辨光榮【烏丸】。大内記資長朝臣。陣儀畢、上卿以下參~祇官代。王使(代兼躬)。中院【中臣】使(藤波二位)。忌部使(代珍弘)。巳上刻出御南殿南庇有御拜。先是於C凉殿著御。々服前藤中納言【高倉永az、御前中御門前大納言【松木宗顯】奉仕之。御簾御裾關白。御劔隆典朝臣。御笏尚房朝臣。御草鞋。奉行職事隆典朝臣。早參職事尚房朝臣。尚長、卜部兼充、C原忠量、丹波ョ庸。
傳奏西園寺大納言【致季】從~祇官代歸參。御幣發遣之由奉行職事相共言上之。
寶永五年(一七〇八)九月十一日、伊勢例幣の使王代
少外記平田家記録 I12 『職事參仕交名覺』寶永五年九月十一日「伊勢例幣陣儀」
寶永六年(一七〇九)八月二十二日、伊勢兩太~宮一社奉幣(遷宮)の使王代
少外記平田家記録 I12 『職事參仕交名覺』寶永六年八月廿二日
寶永六年(一七〇九)九月十一日、伊勢例幣の使王代
少外記平田家記録 I12 『職事參仕交名覺』寶永六年九月十一日
寶永六年(一七〇九)十二月十二日、御元服由奉幣の使王代
少外記平田家記録 I12 『職事參仕交名覺』寶永六年十二月十二日
寶永七年(一七一〇)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』寶永七年九月十一日壬寅(『稿本中御門天皇實録』一〇三頁所引)
リ。例幣也。上卿大炊御門大納言【經音】。辨光榮。少内記職永。攝政參入(内覽)。奏聞了、上卿已下參~祇官代。王使(代。兼通)、中臣使(祭主二位【景忠】)、忌部使(代。親尚)、奉行職事尚長朝臣、傳奏大炊御門大納言從~祇官代歸參。御幣發遣無爲無事之由尚長朝臣相共言上之。
寶永七年(一七一〇)十一月七日、中御門院御即位由奉幣の使王代
『中御門院御昇壇記』寶永七年十一月七日(『稿本中御門天皇實録』一一六〜一一七頁所引)
辰刻、御即位由奉幣發遣。
 上卿久我内大臣。u光【裏松】。傳奏大炊御門大納言。
 奉行甘露寺辨【尚長】。少納言高辻總長朝臣。大内記同人。
 宣命同人作進。
 御幣内宮大藏省弘之堀川近江守。
   外宮左官掌紀氏辰小野和泉守
  ~祇官代
 中臣景忠卿。使王兼通王代(粟津治部丞中原康忠)。
 忌部親重宿禰代(彌弘)眞繼刑部大輔。
   御即位由奉幣次第
・・・・・
  由奉幣宣命
天皇詔旨掛畏伊勢度會五十鈴河上下津磐根大宮柱廣敷立高天原千木高知稱辭定奉天照坐皇太~廣前、恐申給者久止。去年六月廿一日忝以眇身天之日嗣授賜受賜惠留爾、今月十一日可即位由被告申。依之吉日良辰擇定、王從五位上兼通王、中臣從二位行~祇大副大中臣朝臣景忠等差使、忌部從五位上齋部宿禰親重弱肩大繦取懸、禮代大幣帛令捧持奉出賜。掛畏皇太~、此状聞食、天皇朝廷寶位無動常磐堅磐夜守日守護幸給比氐、天下泰平万民豐樂護恤賜倍止恐[美毛申給者久止申]。
 寶永丑【七】年十一月七日
『禁裏番衆所日記』寶永七年十一月七日丁酉
リ。辰刻、即位由奉幣發遣也。上卿内大臣【久我】。辨u光【裏松】。大内記總長朝臣【高辻】。攝政參入、宣命草C書内覽。C書奏聞。上卿已下參~祇官代。王使代(中原康忠)、中臣使(~祇權大副コ忠)、忌部使代(親重)、傳奏中山前大納言、奉行職事尚長朝臣、大炊御門大納言、u光、從~祇官代歸參。御幣發遣無異無事之由言上之。
寶永七年(一七一〇)十二月二十三日、中御門院御元服由奉幣の使王代
『禁裏番衆所日記』寶永七年十二月廿三日癸未(『稿本中御門天皇實録』一四五頁所引)
雨降。御元服由奉幣發遣也。上卿内大臣。辨光榮。少内記職永。攝政參入(内覽)。奏聞了。上卿以下參~祇官代。王使(代兼通)。中臣使(~祇權大副コ忠)。忌部使(代親重)。奉行職事尚房朝臣。傳奏大炊御門大納言【經音】。從~祇官代歸參。御幣發遣無爲無事之由尚房朝臣相共言上之。
正コ元年(一七一一)十一月十四日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』正コ元年十一月十四日癸亥
リ陰。例幣發遣也(去九月十一日依無中臣使、今日發遣也)。上卿權大納言(豐忠)、辨資堯、大内記總長朝臣【高辻】、奉行職事尚長朝臣【甘露寺】。陣儀畢、上卿以下向~祇官代。王使(代兼通)。中臣使(祭主二位景忠)。忌部使(代親尚)。攝政於里第有御代官之事。傳奏源中納言(惟通)從~祇官代歸參、御幣發遣之由奉行職事相共言上之。
稿本中御門天皇實録』所引『禁裏番衆所日記』寶永八年十一月十四日癸亥には「王使(代兼道)」とあるが、「兼道」は「兼通」の誤記または誤植であろう。
正コ二年(一七一二)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』正コ二年九月十一日丙辰(『稿本中御門天皇實録』二〇七頁所引)
陰リ。例幣發遣也。上卿新大納言(俊C)。辨敬孝。少内記職永。奉行職事基香朝臣。攝政參入。内覽奏聞。上卿已下向~祇官代。王使(代兼通)。中臣使(コ忠卿)。忌部使(代親重)。攝政於里第有御代官之事。上卿~宮辨u光等、從~祇官代歸參、御幣發遣無異無事之由言之(傳奏三條大納言依所勞不參)。
正コ三年(一七一三)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』正コ三年九月十一日乙卯(『稿本中御門天皇實録』二三〇〜二三一頁所引)
リ陰。例幣發遣也。上卿三條大納言。辨u光。少内記友昌。奉行職事尚長朝臣。陣儀畢、上卿以下向~祇官代。王使(代兼通)。中臣使(コ忠)。忌部使(代親尚)。巳半刻許、~宮上卿辨等、從~祇官代歸參、御幣無異無事發遣之由言上之。攝政不參(依輕服也)。御代官之事(攝政依服~祇伯雅冬王於里第勤之)。
正コ四年(一七一四)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』正コ四年九月十一日庚戌(『稿本中御門天皇實録』二四八頁所引)
リ。例幣發遣也。早旦攝政參入。上卿源大納言(惟通【久我】)、辨ョ胤【葉室】、大内記總長朝臣等參陣。事畢、上卿以下參~祇官代。王使(代源兼躬)。中臣使(祭主正三位コ忠)。忌部使(代紀彌弘)。~宮傳奏三條大納言。~宮辨u光。奉行職事治房朝臣。巳半刻、傳奏歸參、御幣發遣無異無事之由、奉行職事相共申之。
正コ五年(一七一五)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』正コ五年九月十一日甲辰(『稿本中御門天皇實録』二六八頁所引)
リ。例幣發遣也。早旦攝政參入。上卿一條大納言【兼香】、辨敬孝、大内記爲範朝臣等參陣。事了、上卿以下向~祇官代。王使(代源兼躬)。中臣使(祭主正三位コ忠)。忌部使(代紀彌弘)。~宮上卿三條大納言。同辨u光。奉行職事基香朝臣。巳半刻、上卿已下歸參、御幣發遣無異無事之由、奉行職事相共申之。
享保二年(一七一七)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』享保二年九月十[一]日辛酉(『稿本中御門天皇實録』三〇六頁所引)
リ。例幣也。上卿新大納言(公光)。辨u光朝臣。大内記爲範朝臣。陣儀畢、上卿以下參~祇官代。王使(代兼躬)。中臣使(藤波三位【コ忠】)。忌部使(代珍弘)。巳刻出御南殿南庇、有御拜。先是於C凉殿著御々服。堯言朝臣【山科】、御前(行康)奉仕之。御手水御陪膳今出河中納言。役送ョ胤【葉室】。丹波ョ方。御簾御裾關白。御劒隆成朝臣。御笏光榮【烏丸】。御草鞋敬孝。奉行職事隆成朝臣。早參職事源房仲、大江俊在。
~宮上卿三條大納言、從~祇官代歸參、御幣發見【ママ。發遣】之由、奉行職事相共言上之。
享保三年(一七一八)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『禁裏番衆所日記』享保三年九月十一日丙辰(『稿本中御門天皇實録』三一四頁所引)
リ陰。例幣也。上卿權大納言(豐忠【廣幡】)。辨俊將【坊城】。大内記爲範朝臣。陣儀畢、上卿以下參~祇官代。王使(代兼通)。中臣使(藤波三位【コ忠】)。忌部使(代親重)。巳刻出御于南殿南庇、有御拜。先是於C凉殿着御々服。前藤大納言(永ay高倉】)、御前高倉三位奉仕之。御手水御陪膳醍醐大納言。御手長ョ胤【葉室】。役送大江俊在。御簾御裾光榮朝臣【烏丸】。御劒隆成朝臣。早參職事丹波ョ庸、源房仲。~宮上卿三條大納言、從~祇官代將歸參、於途中所勞、令ョ胤御幣發遣之由言上之。
享保七年(一七二二)九月十一日、伊勢例幣の使王代
少外記平田家記録 J7 分配帳 享保七年九月十一日
「兼充」とあるが、兼躬(中原朝臣賢長)の誤りで、兼通王のことであろう。
享保八年(一七二三)九月十一日、伊勢例幣の使王代
少外記平田家記録 I126-1 宣命寫
享保十年(一七二五)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『少外記平田家記録』I126/1、第十一葉、宣命寫(※「兼久通王」と誤記)
『少外記平田家記録』I126/1、第十七葉、宣命寫(※「久通王」と誤記)
少外記平田家記録 D1-3 「伊世例幣次第」享保十年九月十一日
享保十一年(一七二六)九月十一日、伊勢例幣の使王代
國學院大學所藏 河越家記録『諸願屆録』 19
享保十二年(一七二七)九月十一日、伊勢例幣の使王代
『通兄公記』享保十二年九月十一日(甲子)
卯剋參内(・・・・・)。例幣發遣也。・・・・・ 王使兼躬【河越】、中臣使千長朝臣、忌部使   【アキママ】、卜部使   【アキママ】。・・・・・


 
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更新日時: 2010.03.27.
公開日時: 2009.01.25.


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