高原王, 三原高原


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『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[高原]

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高原王
 
 のち三原朝臣[高原]
 
【出自】
 
新田部親王(天武天皇の男子)の後裔。
 四世王以下。
 左京人
 
【經歴】
高原王
正六位上に敍される。
承和五年(八三八)正月七日、正六位上から從五位下に昇敍。
『續日本後紀』承和五年正月丙寅
 天皇御豊樂殿、覽馬、宴百官。詔授從五位上豊江王正五位下。從五位下豊村王從五位上、正六位上高原王從五位下。
承和六年(八三九)四月二十一日、伊勢臨時奉幣使の使王を勤仕。時に從五位下。
『續日本後紀』承和六年四月壬申
遣從五位下高原王等、奉幣於伊勢大~宮、令祈雨。
承和七年(八四〇)三月五日、伊豆守となる。
◎『續日本後紀』承和七年三月辛巳
[以]從五位下高原王爲伊豆守。
嘉祥三年(八五〇)三月二十七日、仁明天皇の初七日にて、道野王らと共に檜尾寺使を勤仕する。時に散位從五位下。
『日本文コ天皇實録』嘉祥三年三月乙巳
晏駕之後、初盈七日。仍遣使於近隣七ヶ寺、以修功徳。・・・・・ 散位從四位下道野王、從五位下高原王、大判事藤原朝臣本雄、加賀介良岑朝臣C風、内舍人一人、内竪十人、爲檜尾寺使。
嘉祥三年(八五〇)八月二十三日、豐前國・筑前國に遣わされ、寳劔・明鏡・名香・綵帛等を宇佐八幡宮と香椎廟に奉る。時に散位從五位下。
『日本文コ天皇實録』嘉祥三年八月戊辰
遣散位從五位下高原王、向豊前・筑前兩國、以寳劔・明鏡・名香・綵帛等、奉八幡宮及香椎廟。
仁壽元年(八五一)十一月二十六日、文コ天皇大嘗會敍位において、從五位下から從五位上に昇敍。
『日本文コ天皇實録』仁壽元年十一月甲午
・・・・・ 授四品時康親王階三品。從三位源朝臣弘、藤原朝臣長良並加正三位。從四位下正躬王從四位上。從四位上豊江王正四位下。正五位下楠野王從四位下。從五位下高原王從五位上。正六位上粟田王從五位下。・・・・・
仁壽二年(八五二)十一月七日、伊豆守となる。
『日本文コ天皇實録』仁壽二年十一月甲午
從五位上高原王爲伊豆守。
*三原朝臣高原
貞觀元年(八五九)九月五日、三原朝臣を賜姓される。
『日本三代實録』貞觀元年九月五日丁巳
左京人散位從五位上高原王賜姓三原朝臣。高原、一品新田部親王之後也。
 
【文獻等】



 
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公開日時:2023.03.13.
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