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本居宣長『玉勝間』五「中ごろまでは諸王おほかりし事」に、
『園太暦』康永三年の除目に「從五位下爲實王(天暦御後)」、貞和二年の除目に「從五位下、宗友王(天暦御後)」、同三年の除目に「從五位下資方王(寛和御後)」、延文四年の除目に「從五位下資能王(寛和御後)」などあり。このほどまでは諸王もなほおほかりしと見えたり。
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とある。
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『古事類苑』帝王部二十五に、
按ズルニ、玉勝間ニ云フ所ノ諸王ハ、其人アルニアラズシテ、年爵ノ爲ニ假ニ其名ヲ設ケシモノナラン
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とあるが、資方王は實在の人物であるので、爲實王についても、所謂「假名」「作名」の架空人物であるとは斷言できない。
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