『親王・諸王略傳』博［博雅］

『親王・諸王略傳』
　　博［博雅］

□ 博雅[王]　ひろまさ
　源朝臣博雅

※	前田育德會所藏『歌合』二（『大日本史料』第一編之十八、一〇四～一〇五頁）に「右近中將ひろまさの朝臣」と見える。

　平安時代中期の大雅樂家。

【稱號】
　「博雅三位」　はくがのさんみ
　「雅三品」

【出自】
　醍醐天皇二世。
　克明親王の一男。

◎

『公卿補任』天延二年非參議從三位「源博雅（五十三）」袖書

三品兵部卿克明親王一男［【九條本】（醍醐天皇御孫）］。母左大臣時平女。

【母】
　藤原朝臣時平の女子。

◎

群書類從本『皇胤紹運録』、「克明親王」の子「源博雅」

從三。中務大輔。皇太皇宮權大夫。母時平公女。

◎

脇坂本・前田一本・内閣文庫本『尊卑分脈』延喜（醍醐）「博雅」左袖書

母左大臣時平公女。

◎

『尊卑分脈』藤原攝家相續孫「時平」の子

│ 博雅三位母。
└ 女子
　母

◎

『大鏡裏書』

從三位皇太后宮權大夫源博雅卿、三品兵部卿克明親王男、母贈太政大臣時平女。

【經歴】

●

延喜十八年（九一八）の、六月七日以前に誕生。

◎

『貞信公記抄』延喜十八年六月七日

孫王【「生」脱カ】。

※

『公卿補任』天元三年非參議從三位「源博雅」に薨年が六十三歳とあるのに從うと、生年は延喜十八年となる。よって、『貞信公記抄』延喜十八年六月七日條に「孫王」とあるのは、醍醐天皇の最初の内孫である博雅の誕生を記したものと考えられている。そうでないとしても、博雅がその時までには誕生していたと考えられる。

◎

曼殊院本『續敎訓鈔』十一下「吹物部」横笛（『大日本史料』第一編之十八、七九頁）【※『體源鈔』も同じ】

_{醍醐天皇御宇　　　　　　　圓融}
博雅ハ延喜十九年己卯生ル、天元三年九月廿八日薨（年六十二）。

※

『續敎訓鈔』と『體源鈔』が、延喜十九年生誕とするのは、薨年を六十二歳としたのを逆算した説であると思われる。

※

『稿本醍醐天皇實録』「皇孫博雅」一一九六頁、「克明親王ノ第一王子、母ハ妃藤原氏ナリ、延喜十八年、誕生ス、」の「按」に、

博雅、誕生年月明カナラズ、其薨年ニ據リ逆算ス、島原本公卿補任ニハ、天延二年、年五十三トアリ、之ニ據リ逆算スレバ延喜二十二年誕生ト爲ルモ、同書薨年ノ條ニハ他書ト同ジク天元三年六十三トアリ、父親王ノ年齒ヲ考フルニ、延喜二十二年誕生是ナルガ如ケレド遽ニ定メ難シ、姑ク按ヲ附シテ後考ヲ俟ツ、

とある。

^*博雅王

●

承平四年（九三四）正月七日、無位から從四位下に敍される。十七歳。

◎

『河海抄』九「乙通女」

･････源博雅（兵部卿克明親王男）、承平四年正月七日敍從四位下（元無位）。親王子直敍四位、雖爲流例、一世源氏・大臣息大略敍爵歟。･････

◎

『公卿補任』天延二年非參議從三位「源博雅（五十三）」

ーーー賜姓。－－－從四下。－ーー從四上。天德三三十九【九條本・前田新寫本ナシ】右兵衞督。

※

二世源氏の初敍は從五位下であるので、初敍が從四位下であった博雅は、二世王（孫王）として初敍されたものと考えられる。よって、『公卿補任』に、賜姓の後に從四位下に敍されたように記されているのは正しくない。

源朝臣博雅

●

源朝臣を賜姓される。初敍の當日、または、その後まもなくのことと思われる。

※

『稿本醍醐天皇實録』「皇孫博雅」一一九七頁、「承平四年正月七日、從四位下ニ敍セラル、姓源朝臣ヲ賜ハル、」の「按」に、

博雅、賜姓ノ年月明カナラズ、敍位モ亦賜姓トノ前後ヲ辨ゼザレドモ、便宜本條ヲ掲ゲ、賜姓ノコトヲ附載ス、

とある。

●

從四位下から從四位上に昇敍。その年月日は未詳。

●

天暦元年（九四七）四月二十二日までに中務大輔に任じられる。

◎

国立歴史民俗博物館所藏『改元部類記』「自承平至嘉保」所收『外記日記』天慶十年四月廿二日丁丑

･････右大臣【藤原實賴】就陣座、召中務大輔源ーー【朝臣】博雅給。･････

●

天暦元年（九四七）十二月二十日、荷前における次侍從解却のことに參仕。時に中務大輔。

◎

『九條殿記』荷前、天暦元年十二月廿日

參殿【藤原忠平】、執申可被解却侍從六人之由。仰云。「先例已有。此事雖有當時人恨、任法式被行。更有何事」。參内。着宜陽殿座、召中務大輔博雅朝臣【源】書出可刊棄之侍從夾名六人。･････

●

天德元年（九五七）十一月二十七日、賀茂臨時祭使を勤仕。時に右馬頭。

天德三年（九五九）三月二十四日、殿上賭弓に參仕。時に右近衞中將。

◎

『西宮記』二「正月下」殿上賭弓

天德三年三月廿四日、殿上賭弓。･････右中將博雅來。召王卿云々。

●

應和元年（九六一）十二月一日までに右兵衞督に任じられる。

◎

『政事要略』二十五「年中行事」二十五「十月朔日旬事」

應和元年十二月庚寅朔、･････今日、皇帝始御紫宸殿。･････殊亦召右兵衞督博雅朝臣。･････

※

『公卿補任』天延二年非參議從三位「源博雅（五十三）」に、「天德三三十九右兵衞督」とあるが、この年月日は九條本・前田新寫本『公卿補任』にはない。なお、『大日本史料』第一編之十八、七四頁における引用部にも、「天德三三十九」に「（過誤アラン）」と傍注が付けられている。

●

康保二年（九六五）八月七日までに左近衞中將に任じられる。

◎

『北山抄』二「年中要抄」下「八月」七日牽甲斐勅旨御馬事

･････無一寮頭・助之時、左右共止例（･････康保二年八月七日、於仁壽殿、覽眞衣野御馬。左衞門督j藤原朝臣【師氏】召左中將博雅朝臣（･････）等）

康保三年（九六六）九月二十日

◎

『延喜天暦御記抄』所引『村上天皇御記』康保三年九月廿日（『三代御記逸文集成』所収『御記纂』一八八頁）

左近中將博雅朝臣

●

康保三年（九六六）十月十四日までに、正四位下に敍され、近江權守を兼任。

◎

内閣文庫所藏『博雅長竹譜』跋文

　　　　　康保三年十月十四日　　　　　正四位下行左近中將兼近江權守源朝臣博雅

●

天延二年（九七四）十一月十八日の朔旦敍位で、從三位に敍される。時に皇太后宮權大夫。五十七歳。

◎

九條本『公卿補任』天延二年非參議從三位「源博雅（五十三）」尻付

十一月十八日叙（朔旦）。皇[太]后宮權大夫。

※

「源博雅（五十三）」とある年齡「五十三」は誤り。

●

天元三年（九八〇）九月二十八日、薨逝。時に從三位皇太后宮權大夫。六十三歳。

◎

『日本紀略』天元三年九月廿八日

從三位太【ﾏﾏ】皇太后宮[權]大夫源朝臣博雅薨。

◎

九條本『公卿補任』天元三年非參議從三位「×源博雅」尻付

皇[太]后宮權大夫。九月十八日薨（六十三歳）。

【墓所】

●

博雅の墓所は、人には知られていなかったが、樂所預小監物源賴能は知っており、時々、參拜していた、と『古今著聞集』等に見える。

◎

『古今著聞集』六「管絃歌舞」

樂所預小監物源賴能は、上古に耻さる數奇の者也。･････賴能は博雅三位の墓を知りて、とき々々參向して拜しける。まことによくすきたるゆへなり。

◎

曼殊院本『續敎訓抄』十一下「吹物部横笛」（『大日本史料』第一編之十八、一四五頁）

或記ニ云ク、雅三品（博雅ナリ）ノ墓、人コレヲシラス。而ニ監物賴能ハシリテ、時々參向ストイヘリ。是笛ノ達者ニテマシ々々シユヘニ、マイレリケルニヨリ、サレハソノシルシニヤ、ナラヒナキ上手ニテ侍リケリ。

【逸事等】

●

楽道に秀で、琴・笛・琵琶・篳篥のいずれについても名手であった。

◎

『二中歴』十三「一能歴」管絃人

･････忠房、博雅、･････
　説云、･････博雅三位。

◎

伏見宮樂書『愚聞記』上（『大日本史料』第一編之十八、七八頁）

一、管絃名人等事
　･････博雅（三位）　･････
　雙調公【信貞】（博雅三位太郎歟）　　信義（同次郎）　　信明（同三郎。･････）
　至光（博雅男（【傍注】舅イ））

◎

『大鏡』二「左大臣時平」

･････敦忠の中納言もうえ給にき。和謌の上手、管絃の道にもすくれ給へりき。よにかくれたまひてのち、御あそひあるおり、博雅三位の、さはる事ありてまいらさるときは、今日の御あそひとゝまりぬとたひ々々めされてまいるをみて、ふるき人々々は、「よのすゑこそあはれなれ。敦忠中納言のいますかりしおりは、かゝる道に、この三位（【傍注】博雅）おほやけをはしめたてまつりて、よの大事におもひはへるへきものとこそ思はさりしか」とそ、のたまひける。

●

博雅が誕生した時、天に、笛・笙・箏・琵琶・鼓による音樂が聞こえた、との説話が傳わる。

◎

『古今著聞集』六「管絃歌舞」

博雅卿は上古にすくれたる管絃者なりけり。生れ侍けるとき天に音樂の聲きこえけり。そのころ東山に聖心上人といふ人ありけり。天をきくに微妙の音樂あり。笛二、笙二、箏・琵琶各Ⅰ、鼓一聞えけり。世間の樂にも似す、不可思議にめてたかりけれは、上人あやしみて庵室をいてゝ、樂の聲につきてゆきけれは、博雅の生るゝところにいたりにけり。生れをはりて、樂の聲はとゝまりぬ。上人、他人に語ることなく、數日をへて、また、かの所へ向ひて、其生兒の母にこの瑞相を語り侍けるとなん。

◎

菊亭本『文机談』二（『大日本史料』第一編之十八、七九～八〇頁）

又、或物語にかきたりしは、この博雅の君うまれ給ける時、西山にすみける上人の耳に、そらに音樂のきこえけれは、「往生人なとのあるやらん」と、こゑをはかりにて、たつねゆくほとに、この所にいたりぬ。あやしくて、とひきけは、このひろまさの誕生し給たる所也。上人心のうちに、「この君たゝ人にはおはせし」とおもひて、ひそかに歸にけり。後に人にかたり給けるとかや。

●

箏を醍醐天皇より相傳される。

◎	伏見宮文書二『秦箏相承血脈』（『大日本史料』第一編之十八、九七頁）
◎	伏見宮記録六『箏相承系圖』（『大日本史料』第一編之十八、九七～九八頁）

●

和琴を藤原朝臣敦忠（母の兄弟）および敦實親王より相傳する。

◎	『和琴血脈』（『大日本史料』第一編之十八、一〇〇～一〇一頁）

●

郢曲を敦實親王より相承する。

◎

『郢曲相承次第』「贈從三位濟政」（『大日本史料』第一編之十八、一〇三頁）

_{藤家音曲始事}
藤家音曲當此時代（後一條・後朱雀御宇也）右大臣賴宗公始也。賴宗公者、博雅卿三男（或次男）伯耆守至（【傍注】兼イ）光弟子也。委事習濟政朝臣。彼博雅卿者敦實親王弟子也（以上見絲管要抄）。

●

雅樂曲、盤渉調の「萬秋樂」をこよなく愛好し、箏譜の奧書に、來世は樂譜の中の「蟲となりて、永くこの曲を守護すべし」と書きつけた程であったが、そのため、死後、兜率天に生まれ變わった、という説話がある。

◎

『古事談』六「亭宅諸道」

_{箏　延喜第一皇子兵部卿克明親王息、母時平公女}
博雅三位箏譜奧書云。「案萬秋樂、自序始テ、六ノ帖ニ畢マテ、無不落涙。予誓、世々生々在々所々、以箏生彈萬秋樂之身。凡調子盤渉調、殊ニ勝。樂中萬秋樂、殊勝也」云々。博雅者、依愛此調子、再此樂生都卒外院【兜率内院カ】之由、見經信卿【源】傳云々。

◎

菊亭本『文机談』二「慈尊曲事」（『大日本史料』第一編之十八、九九頁）

･････この三品【源博雅】、ためしなきすき人にてをはしましけれは、事にふれたる物語、いくらも世に侍り、ことに萬秋樂を秘愛して、箏譜のをくかきにちかひ給けるむねこそ、いみしくあはれにもうけ給はれ。「我必滅のゝち、生を他界になつくとも、願は譜のうちの蟲となりて、なかく此曲を守護すへし」とそ、かきつけたまひける。桂大納言【源經信】の記には、かの願すてに成して、都率の内院にうまれ給よし、夢のつけありと申置給とかや承れとも、隆圓れいの記録にうすき身なれは實否はしり侍らす。･････

◎

『吉野吉水院樂書』（『大日本史料』第一編之十八、九九～一〇〇頁）

●

長和五年（一〇一六）四月八日、藤原道長は、藤原定賴を「才能太賢、然而緩怠無極」と非難した時、彼を「博雅の如き者」と評している。そして、博雅は「文筆・管絃の者」であるが「天下懈怠白物（しれもの）」であり、そのことが代々傳えられて知られている、という。

◎

『小右記』長和五年四月八日辛巳

･････右中辨定賴當行事巡、而攝政【道長】被命大懈怠由、被定下臈。又於稠人命云。「定賴才能太賢、然而緩怠無極、如博雅者」。博雅、文筆・管絃者也。但天下懈怠白物也。世以相傳。爲定賴辛事也。

【天德内裏歌合における失態】

●

天德四年（九六〇）三月三十日、淸凉殿において村上天皇の御前で行われた「天德内裏歌合」（判者は藤原實賴）において、右方の歌を読み上げる「講師」をつとめたが、三番歌を詠むべきところを誤って四番歌を詠んでしまい、負けとなる。判者の實賴は、あらためて右方の三番歌を詠ませたが、博雅は顏色が變わり、声も震えて、左方に嘲笑された。

◎

田中親美所藏『内裏和歌合』（『大日本史料』第一編之十八、一〇四～一〇五頁）

内裏和歌合　^{天德四年三月卅日於淸凉殿有此事。}
･････
二番　鶯
　･････
三番
　･････
　　右　　　　　　　　　　　　　　　　　　兼盛
さをひめのいとそめかくるあおやきをふきなみたりそ春の山風

うくひすをいたすへきに、やなきをよみてまく。

しろたへの雪ふりやまぬ梅かえにいまそうくひす花となくなる

たかへてよみたれと、本歌をめしいたしてかうせらる。
右講師博雅朝臣誤讀柳歌。左方論云、「須讀申鶯歌、而誤讀申柳歌。於今者不可讀申歟」者。以左方論申旨奏聞。仰云、「可據定申」者。少臣奏云、「左方之所申非無謂。如此之事、只隨時之議。但依人之誤、何惡其歌。仍令讀申」。于時博雅朝臣頗變色、速不讀之、纔雖讀揚其音振、被爲左人咲。又歌のことはに「うくひす花となく」こと、そらことなり。仍遂爲負。

四番　柳
･････

※

齋藤雅子『京都御所＝平安内裏物語』（東京都千代田区神田駿河町、三一書房、一九七九年十一月）、一九〇頁

　勝負の始まる頃には、三月尽（【振假名】さんがつじん）の長い日も暮れて、大殿油（【振假名】おおとなぶら）がともされ、庭には篝火がたかれた。酒食が供される中で、歌が読み上げられ評定が下される。
　一番《霞》の題は左が勝。二番《鴬》も左が勝。三番も《鴬》だが、ここでちょっとしたトラブルが発生。右の講師の博雅が、緊張のあまり間違えて四番の《柳》の歌を読んでしまい、「間違い間違い、失格」と左方から声が上ったのである。
　村上は決定を実頼に一任する。実頼はこういうことは衆議に従おう、と右を負にした。これは先例として重んじられたので、以後講師の責任はいっそう重大になった。この判定のあとで実頼は、一応三番の歌も読むようにと博雅に指示したが博雅は動転して真青になり、がたがた慄えて声も出ず、またまた左チームに野次られた。

【源博雅と笛】

●

横笛を源朝臣雅信（母方平行イトコ）より學ぶ。

●

横笛の第一人者で「競ふ者なし」と評された。

◎

『江談抄』第三「［六三］博雅三位習琵琶事」

◎

曼殊院本『續敎訓抄』十一下「吹物部横笛」（『大日本史料』第一編之十八、九一頁）

博雅三位ハ管絃ノ仙ナリ。其中ニ横笛全ク競フモノナシ。皇帝團亂旋ヨクコレヲ傳フ。此人笛ニ鬼ヲフキヲトストイヘリ。江談（【傍注】匡房）説同之。

●

大江朝臣匡房の談によると、源朝臣博雅が横笛を吹いたところ、鬼が「吹落」された、という。

◎

『江談抄』第三「［五三］博雅三位吹横笛事」

被談云。「博雅三位ノ横笛吹ニ鬼ノ吹落ルト。被知哉如何」。答曰、「慮外承知候也」。

●

ある月夜に、博雅が笛を吹いて朱雀門に行ったところ、何者かが来たりて、やはり同じように笛を吹いた。彼が誰であるか知らなかったが、以後、月夜になると、二人は必ず行き会った。博雅は、相手の笛の音がことのほか素晴らしかったので、試みに笛を交換して吹いたところ、「世になき程の」名笛であった。その後も、月夜になると行き会ったが、博雅は相手の笛をそのまま返さず、相手も笛を返すようには言わなかった。その後、笛を交換した相手は鬼であることがわかった。その笛は「葉二」（はふたつ）と名づけられ、平等院の經藏に奉納されている、という説話がある。

◎

『十訓抄』十「可庶幾才能事」

^{兵部卿克明親王子}
博雅三位、月のあかゝりける夜、直衣にて朱雀門の前にあそひて、終夜増えを吹れけるに、同樣に直衣著たる人の笛吹けれは、誰人ならんと思ふほとに、其笛の音、此世にたくひなくめてたく聞えけれは、あやしくて近よりて見けれは、いまた見ぬ人なりけり。我も物いはす、かれもいふことなし。かくのことく月の夜ことに行あひて、吹事夜比に成ぬ。彼人の笛の音ことにめてたかりけれは、試にかれをとりかへて吹けれは、世になき程の笛也。そのゝち猶々月の比になれは、ゆきあひて吹けれとも、本の笛をかへしとらん共いはさりけれは、なかくかへてやみにけり。三位失て後、帝此笛を召て時の笛吹ともにふかせらるれとも、其音を吹あらはす人なかりけり。そのゝち、淨藏といふめてたき笛吹有けり。召て吹せ給ふに、彼三位にをとらさりけれは、帝御感有て、「此笛の主、朱雀門の邊にて得たりけるとこそきけ。淨藏、此所に行てふけ」と仰せられけれは、月の夜、仰のことくに、かしこに行て此笛を吹けるに、彼門の樓上に高く大なる音にて、「猶逸物かな」とほめけるを、かくと奏しけれは、はしめて鬼の笛としろしめしけり。「葉二」と名付て天下第一の笛なり。そのゝち傳りて、御堂入道殿【藤原道長】の御物に成にけるを、宇治殿【藤原賴通】、平等院を造らせ給ける時、經藏に納られにけり。･････。

※

これと同樣の説話を傳える『續敎訓抄』は、「但此記、頗ル不審也。博雅ハ淨藏ヨリノチノ人ナリ。生トイヒ、死去トイヒ、コトノホカノ相違ナリ」と指摘し、大外記中原師遠の談として、在原業平が朱雀院の鬼からこの笛を与えられたという傳承を記し、業平が得た笛を「後ニ淨藏ノ吹キタラムハ、年紀符合セリ」と述べている。

◎

曼殊院本『續敎訓抄』十一下「吹物部横笛」（『大日本史料』第一編之十八、九二～九四頁）

【源博雅と琵琶】

●

琵琶を樂所預圖書頭源朝臣脩より相承する。

◎

伏見宮記録四『代々比巴秘曲御傳受事』所引『順德院御記』建保六年八月七日（『大日本史料』第一編之十八、八一～八二頁）

･････貞保傳圖書頭源脩、々傳博雅卿。々々傳信明（子也）。信明傳資通。･････

◎

菊亭本『文机談』二「長秋卿笛譜事」（『大日本史料』第一編之十八、八二頁）

一、皇太后宮權大夫源博雅卿、これも圖書頭源脩にならひたまふ。西宮殿【源高明】には御あひ弟子とそ申へき。この君ハ兵部卿克明親王の長子なり。･････

◎

伏見宮記録六『琵琶系圖』（『大日本史料』第一編之十八、八二頁）

◎

『琵琶血脈』（『大日本史料』第一編之十八、八二～八三頁）

◎

森末義彰氏所藏『琵琶血脈』（『大日本史料』第一編之十八、八三頁）

●

琵琶の名人であった。

◎

脇坂本・前田一本・内閣文庫本『尊卑分脈』延喜（醍醐）「博雅」右袖書

　　　琵琶名匠
從三位
皇[太]后權大夫、右中將。

●

博雅は、琵琶の秘曲「流泉」「啄木」を、逢坂の關に隱棲する盲者が傳承していることを知り、兩曲を学ぼうと思い、その盲者に、京に來るよう勸めたが、彼は返答しなかった。そこで、博雅は、三年間、毎夜のように逢坂の盲者の庵に到り、彼が兩秘曲を彈くのを聽こうとした。そして、八月十五日の月夜、博雅は、遂に、彼から琵琶の兩秘曲を傳授された、という説話がある。この盲者の名について、大江朝臣匡房は、「慥（たし）かには覺えず。但し千歳と云ふかや」と語っているが、『今昔物語集』二十四、『俊頼髄腦』、『新古今和歌集』十八では、敦實親王の雜色であった蝉丸であるとされる。

◎

『江談抄』第三「［六三］博雅三位習琵琶事」

「博雅三位、會坂目暗ニ琵琶習ハ被知乎、如何」。答曰、「不知」。談曰、
　「尤有興事也。博雅高名管弦ノ人ニテ、イミシク道ヲ重ク求ルニ、會坂目暗琵琶最上之由、風聞、世上ニ、人々雖令請習、更以不得。又住所極以トコロセクテ、行向人少々爾、博雅先以下人内々ニイハスルヤウ、『ナトカクテ不思懸所ニハ住スルソ。京都爾居テ過キヨカシ』トスカスニ、目暗詠歌曰、
　　世ノ中ハトテモカクテモスクシテンミヤモワラヤモハテシナケレハ
ト詠テ不答。使者以此由云爾、博雅思樣、『此目暗命在旦暮。我モ壽不知ネトモ、尚流泉・啄木ト云曲ハ此目暗ノミコソ傳ナレ。相構テ聞彈欲傳』之處、三ヶ年間、夜々向會坂目暗許、窃立聞宅頭ニ、更以不彈。三年ト云八月十五日夜、ヲロウワクモリタルニ風少シ吹ニ、博雅思樣、『アハレ今夜ハ有興夜カナ。會坂目暗流泉・啄木ナトハ今夜カ彈ラン』ト思テ、琵琶譜ヲ具シテ向會坂ニ、如案琵琶ヲ鳴ラシムル程ニ、盤渉調ニ鳴ス。博雅聞テ尤有興。『啄木ハ是盤渉調也。今夜此絃鳴。定テ欲彈カ』ト思テウレシク思間、目暗獨遣心テ、人モナキニ詠歌曰、
　　アフサカノ關ノ嵐ノハケシキニシヒテソヰタル世ヲスクストテ
ト詠テ鳴絃ニ、博雅流涙テ啼泣ス。『好道アハレナリ』ト思ニ、目暗獨又云、『アハレ有興夜カナ。若我ナラヌスミ者ヤ今夜世間ニアラムナ。今夜心得タラン人ノ來遊セヨカシ。物語セン』ト獨云ヲ聞テ、博雅出音云、『博雅コソ參タレ』ト云ケレハ、目暗云、『タレニカヲハスル』ト問ニ、『然也』ト答。目暗ヲトニ聞ケレハ、感シテ物語シテ遣心令傳件曲云々。博雅依不隨身琵琶、只以譜傳請歸云々。
　諸道之好者只可如此也。近代作法誠以不可有。サレハコソ上手ハ諸道仁アレ近代仁無事也。誠以アハレナリ」ト被談ニ、又問云、「件曲近代アリヤ」。被答曰、「不然」。又問云、「件目暗名如何」。被答云、「慥不覺。但千歳ト云カヤ」ト云々。又問云、「横笛ハ博雅極天候モノカ」。被答云、「第一也。無競者。皇代・團亂旋ヲ第一ノ曲ニ用也。傳者少。件人所傳也」。

◎

『今昔物語集』二十四「源博雅朝臣行會坂盲許語第二十三」【※ 片假名は平假名にあらためた】

　今昔、源博雅朝臣と云人有けり。延喜の御子の兵部卿の親王【克明親王】と申人の子也。萬の事、止事无かりける中にも、管絃の道になむ極たりける。琵琶にも微妙に彈けり。笛にも艶す吹けり。此人、村上の御時に、□□の殿上人にて有ける。
　其時に會坂の關に一人の盲、庵を造て住けり。名をは蝉【虫單】丸とそ云ける。此れは敦實と申ける式部卿の宮の雜色にてなむ有ける。其の宮は宇多法皇の御子にて、管絃の道に極りける人也。年來、琵琶を彈給けるを常に聞て、蝉丸、琵琶をなむ微妙に彈く。
　而る間、此博雅、此道を強に好て求けるに、彼の會坂の關の盲、琵琶の上手なる由を聞て、彼の琵琶を極て聞ま欲く思けれとも、盲の家異樣なれは、不行して、人を以て内々に蝉丸に云せける樣、「何と不思懸所には住そ、京に來ても住かし」と。盲此を聞て、其答へをは不爲して云く。
　　世中はとてもかくてもすこしてむみやもわらやもはてしなけれは
と。使返て此由を語けれは、博雅此を聞て極く心〓【心惡】く思へて、心に思ふ樣、「我れ、強に此の道を好むに依て、必す此盲に會はむと思ふ心深く、其に盲、命有らむ事も難し。亦、我も命を不知ら。琵琶に流泉・啄木と云曲有り。此は世に絶ぬへき事也。只此盲のみこそ此を知たるなれ。構て此か彈を聞かむ」と思て、夜、彼の會坂の關に行にけり。然れとも、蝉丸、其の曲を彈く事无かりけれは、其後三年の間、夜々會坂の盲か庵の邊に行て、「其曲を今や彈く、今や彈」と竊に立聞けれとも、更に不彈りけるに、三年と云八月の十五日の夜、月少上陰て、風少し打吹たりけるに、博雅、「哀れ、今夜は興有か。會坂盲、今夜こそ流泉・啄木は彈らめ」と思て、會坂に行て立聞けるに、盲、琵琶を掻鳴して、物哀に思へる氣色也。博雅、此を極て喜く思て聞く程に、盲、獨り心を遣て詠して云く。
　　あふさかのせきのあらしのはけしきにしゐてそゐたるよをすこすとて
琵琶を鳴すに、博雅これを聞て涙を流して哀れと思ふ事无限し。盲、獨言に云く、「哀れ、興有る夜かな。若し、我れに非す□□者や世に有らむ。今夜心得たらむ人の來かし。物語せむ」と云を、博雅聞て、音を出して、「王城に有る博雅と云者こそ、此に來たれ」と云けれは、盲の云く、「此申すは誰にか御座す」と。博雅の云く、「我は然々の人也。強に此道を好むに依て、此の三年、此庵の邊に來つるに、幸に今夜、汝に會ぬ」。盲、此を聞て喜ふ。其時に、博雅も喜ひ乍、庵の内に入て、互に物語なとして、博雅、「流泉・啄木の手を聞かむ」と云ふ。盲、「故宮【敦實親王】は此なむ彈給ひし」とて、件の手を博雅に令傳てける。博雅、琵琶を不具りけれは、只口傳を以て此を習て、返々喜けり。曉に返にけり。
　此を思ふに、諸の道は只如此可好き也。其れに、近代は實に不然。然れは、末代には諸道に達者は少き也。實に此、哀なる事也。
　蝉丸、賤き者也と云へとも、年來、宮の彈給ひける琵琶を聞き、此極たる上手にて有ける也。其か盲に成にけれは、會坂には居たる也けり。其より後、盲琵琶は世に始る也、となむ語り傳へたるとや。

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『今昔物語集』二十四に、宮中に傳わる琵琶の名器「玄象」が紛失した。それを歎いていた博雅は、淸凉殿において、「玄象」の音が南の方から聞こえるのを耳にし、音を尋ねて遂に羅城門に至った。「玄象」は、羅城門の鬼が盗み出して彈いていたのであった。博雅が「玄象」を返すよう鬼に求めると、鬼は返した、という説話がある。

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『今昔物語集』二十四「玄象琵琶爲鬼被取語第二十四」【※ 片假名は平假名にあらためた】

　今昔、村上天皇の御代に、玄象と云ふ琵琶、俄に失にけり。此は世の傳はり物にて、極き公財にて有るを、此失ぬれは、天皇、極て歎かせ給て、「此る止事无き傳はり物の、我か代にして失ぬる事」と思し歎かせ給も理也。「此れは人の盗たるにや有らむ。但し、人、盗取らは、可持き樣无事なれは、天皇を不吉ら思奉る者、世に有て、取て損し失たるなめり」とそ被疑ける。
　而る間、源博雅と云人、殿上人にて有り。此人、管絃の道極たる人にて、此玄象の失たる事を□思ひ歎ける程に、人皆靜なる後に、博雅、淸凉殿にして聞けるに、南の方に當て、彼の玄象を彈く音有り。極て恠く思へは、「若し、僻耳か」と思て吉く聞くに、正しく玄象の音也。博雅、此を可聞誤き事に非は、返々驚き恠むて、人にも不告して、襴姿にて只一人、沓許を履て、小舍人童一人を具して、衞門の陣を出て、南樣に行くに、尚南に此音有り。「近きにこそ有けれ」と思て行くに、朱雀門に至ぬ。尚同し樣に南に聞ゆ。然れは、朱雀の大路を南に向て行く。心に思はく、「此は玄象を人の盗て□樓觀にして密に彈にこそ有ぬれ」と思て、急き行て樓觀に至り著て聞くに、尚南に糸近く聞ゆ。然れは、尚南に行に、既に羅城門に至ぬ。門の下に立て聞くに、門の上の層に玄象を彈也けり。博雅、此を聞くに、奇異く思て、「此は人の彈には非し、定めて鬼なとの彈くこそは有らめ」と思程に、彈止ぬ。暫く有て亦彈く。其の時に博雅の云く。此、誰か彈給ふそ。玄象、日來失せて、天皇求め尋させ給ふ間、今夜、淸凉殿にして聞くに、南の方に此音有り。仍て尋ね來れる也」と。其時に彈止て、天井より下るヽ物有り。怖しくて立去て見れは、玄象に繩を付て下したり。然れは博雅、恐れ乍ら此を取て内に返り參て、此由を奏して、玄象を奉たりけれは、天皇極く感せさせ給て、「鬼の取りたりける也」となむ被仰ける。此を聞く人、皆、博雅を讚ける。其玄象、于今公財として、世の傳はり物にて、内に有り。･････

【源博雅と大篳篥】

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大篳篥を良岑朝臣行正より學ぶ。大篳篥の、最後の傳承者であった。

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『懷竹抄』（『大日本史料』第一編之十八、八一頁）

　　親王以下
･････
博雅三位
　琵琶・横笛・大篳篥之上手。笛師匠、不審。

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『敎訓抄』八「管絃物語」（『大日本史料』第一編之十八、九五頁）

一、篳篥（･････）
康保三年之比、良峯行正吹大篳篥。博雅卿傳之吹（其後絶）。

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曼殊院本『續敎訓抄』十一上「吹物部」（『大日本史料』第一編之十八、九五頁）

･････大篳篥ハ、長秋卿（【傍注】博雅三位）ノ御在生マテハ侍リケレトモ、其後ハ誰人吹傳エタリトモミエス。但康保ノ臨時樂ニ、吉水淸眞ト云テ、手宛ニカヽレタリ。其外ハミエタルモノナシ。今吹トコロハ小篳篥、是ナリ。

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貞保親王は、源博雅に意趣があり、「勇徒等數十人」に博雅を襲撃させたが、博雅の吹く大篳篥の音を聞いた「勇徒等」は、感動のあまり、博雅を斬ることができずに戻り、これを聞いた貞保親王も感動し、意趣を止めた、という説話が傳えられる。

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『敎訓抄』七「舞曲源物語」（『大日本史料』第一編之十八、九五頁）

･････博雅ノ三位ハ大篳篥ヲ吹スマシテ、式部卿【貞保親王】ノ宮ノ當難ヲノカレ給タリキ。

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曼殊院本『續敎訓抄』十一上「吹物部」（『大日本史料』第一編之十八、九五～九六頁）

　基通（【傍注】笛吹）云ク。故三宮ノ仰ラレシハ、式部卿宮（【傍注】貞保親王）、博雅三位[ニ]意趣アルニヨリテ、門ヲ切ニ、勇徒等數十人、仰ヲ奉テ、ヒソカニ行向フ。三位、寝殿ノ西ノ妻内格子[ヲ]一間許アケテ、アリアケノ月、西ノ山ノハニカヽルヲナカメテ、大篳篥ヲ吹スマシテ居ケリ。勇徒等、コレヲキクニ、不覺ノ涙下ケリ。各ナミタヲナカシテ、コレヲキル事アタワス、歸參シニケリ。宮、待テトイ給ケレハ、具ニ此由ヲ申ス。宮此ヲキカセ給テ、同シク涙ヲナカシテ意趣ヲ思止給ニケリ。

此大篳篥、近來ハタエタリ。康保三年十月七日、殿上侍臣舞御覽ノ日ハ、大篳篥吉水淸眞、少篳篥良峯行正トイヘリ。

【源博雅と篳篥】

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神樂篳篥を右衞門尉大石富門より相傳する。

◎	『樂家録』十六「絃管系圖」「第四神樂篳篥相傳之統」（『大日本史料』第一編之十八、九四～九五頁）

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『古今著聞集』によると、あるとき、博雅の家に盗人が入った。博雅は床下に逃れ隠れた。盗人は室内の目ぼしい物をことごとく奪って去った。あとには篳篥だけが殘されており、床下から出てきた博雅がそれを手に取って吹くと、その音色を耳にした盗人が改心し、博雅のもとに引き返し、盗品をすべて元の通りに返却して、立ち去った、という。

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『古今著聞集』十二「偸盗」

博雅三位の家に盗人入たりけり。三品、板敷の下ににけかくれにけり。盗人歸りさて後、はひ出て家中を見るに、殘たる物なく、みなとりてけり。篳篥一を置物厨子に殘したりけるを、三位とりてふかれたりけるを、出てさりぬる盗人はるかにこれを聞て、感情おさへかたくして歸り來りて云やう、「只今の御篳篥のねをうけたまはるに、あはれにたうとく候て、惡心みなあらたまりぬ。とる所の物とも、こと々々くに返し奉るへし」といひて、皆置きて出にけり。昔の盗人は又かくゆうなる心もありけり。

※

池田弥三郎『話のたね』（文藝春秋（文春文庫）、一九七九年四月初版）、一八一頁

【源博雅と蹴鞠】

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天暦七年（九五三）、源重光・源保光・藤原兼通らと蹴鞠を五百二十回にわたり蹴り上げ続け、祿を賜わった。

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『西宮記』「臨時八・宴遊」所引『村上天皇御記』天暦七年（『三代御記逸文集成』二二二頁）

召博雅【源】・重光【源】・保光【源】・兼通【藤原】・紀孝・仲秀・世忘・世珍・正生・是眞・春延等、五百廿度揚、爲不堕之限。給祿。

【著述等】

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『新撰樂譜』
　第二勅撰譜。『博雅笛譜（はくがのふえふ）』として知られる。
　『長秋卿笛譜』、『長秋卿竹譜』、『長秋竹譜』、『長竹譜』の異稱でも知られる。
　笛の楽譜。「長秋卿」は中宮大夫の漢名で、皇太后宮權大夫であった博雅の笛譜という意味で『長秋竹譜』等と稱された。
　康保三年十月十四日、村上天皇の勅命により、貞保親王らの樂譜や、良峯朝臣遠年らの譜説を參照して撰著。
　抄本のみが現前し、その全容は未詳。
　その跋文は、名文として知られ、雅樂史の史料として重要である。

※	『大日本史料』第一編之十八、一〇六～一四四頁

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退出時に演奏される雅樂の名曲「長慶子」を作曲。

◎

『敎訓抄』六「壹越調」（『大日本史料』第一編之十八、一四四頁）

　長慶子（拍子十六）　新樂
此樂博雅三位造之。モロ々々ノ退出音聲并ニ立チ樂ノ下高座等ニ用之。･････

【現代創作上の源博雅】

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作家「夢枕獏」の小説『陰陽師』連作（文藝春秋ほか）では、源博雅は陰陽師安倍晴明の相棒として、鬼や生靈が關わる諸事件を解決するのに活躍し、讀者中に根強いファンがいる。

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更に、岡野玲子によって漫画化された『陰陽師』において、源博雅は極めて美形に描かれており、讀者中に熱狂的なファンがいる。

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更に、『陰陽師』は映像化され、日本放送協会（ＮＨＫ）のテレビドラマ「陰陽師」では杉本哲太が、滝田洋二郎監督の映画「陰陽師」・「陰陽師Ⅱ」では伊藤英明が、源博雅の役を演じた。

※

【子女】
　源朝臣信貞

從五位上
左兵衞尉
※『大日本史料』第一編之十八、一四七～一五〇頁

　源朝臣信明

從五位上
大藏大輔
※ 弟の信義と共に、管絃の雙璧と稱された。
※『大日本史料』第一編之十八、一四七～一四九頁、一五〇～一五九頁

　源朝臣信義

從五位上
典藥頭、雅樂頭

※

『古今著聞集』によると、信明・信義ともに琵琶をよくしたが、信義の技の方が優っていた。一條天皇が、琵琶の名器「玄象」「牧馬」を二人に彈かせた。信義が「牧馬」を彈くと「玄象」に優り、信義が「玄象」を彈くと「牧馬」に優った。これによって、器に優劣あるのではなく、人に巧拙あるに過ぎない、と言われた、という。

※

『古今著聞集』によると、信義は笛の名手でもあった。信義が笛で雙調を演奏するのを聞いた民部卿親王が大いに嘆賞し、信義を「雙調君」と稱した、という。（脇坂本・前田一本・内閣文庫本『尊卑分脈』「延喜（醍醐）」によると、信義の弟「至光」の左袖書に「稱雙調君」とある）。

※『大日本史料』第一編之十八、一四七～一四九頁、一五九～一六四頁

　源朝臣至光　ゆきみつ

從五位下
伯耆守
※『大日本史料』第一編之十八、一四七～一四九頁、一六四～一六七頁

【子孫の略系圖】
　源朝臣博雅 ─┬ 源朝臣信貞
　　　　　　　 ├ 源朝臣信明 ── 源朝臣行明
　　　　　　　 ├ 源朝臣信義 ── 源朝臣信賴 ── 賢暹
　　　　　　　 └ 源朝臣至光 ── 源朝臣兼長 ─┬ 源朝臣行賴
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 ├ 源朝臣行輔
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 └ 源朝臣行俊

【後裔】
　賢暹

「敎王房」
天台座主（四十一）
法性寺座主
長治二年（一一〇五）三月十二日、法印に敍される。
天仁二年（一一〇九）三月三十日、天台座主となる。
天仁三年（一一一〇）四月二日、上表して天台座主を辭職する。
天永三年（一一一二）十二月二十三日、入滅。八十四歳。

※	『大日本史料』第三編之十三、四二五～四三三頁天永三年十二月二十三日「法性寺座主法印賢暹寂ス、」

※	『系圖纂要』は、鳥羽僧正覺猷を、源博雅の子孫として、　　博雅 ── 信明 ── 道濟 ── 敏員 ── 覺猷と作す。

【文獻等】

●	東京大學史料編纂所編纂『大日本史料』第一編之十八、七三～一四七頁天元三年九月二十八日（戊辰）「皇太后宮權大夫從三位源博雅薨ズ、」
●	『稿本醍醐天皇實録』一一九六～一一九七頁「皇孫博雅」
●	清水正健『皇族考證』第參巻一六四頁
●	蒲生美津子「みなもとのひろまさ　源博雅」（『国史大辞典』第十三巻 419頁cd）
●	平野謙次「はくがのふえふ　博雅笛譜」（『国史大辞典』第十一巻 499頁d～500頁a）
○	平野謙次・福島和夫編『日本音楽・歌謡資料集』楽譜総集篇
○	林謙三「博雅笛譜考」（『雅楽 ──古楽譜の解読──』所收）
○	アラン=マレット「博雅笛譜の諸記譜法について」（『雅楽界』五四）
○	アラン=マレット「『博雅笛譜』の唐楽曲『盤渉参軍』について」（『東洋音楽研究』四三）
○	林謙三監修『天平・平安時代の音楽』（日本コロムビアレコード）

【參考】

●	【CD】『源博雅の龍笛 ── 蘇る最古の笛譜』（龍笛長谷川景光、笙田島和枝）（東京、フォンテック、2001年11月）［FDCD20026］
●	【CD】『仁明天皇の雅楽 ── 源博雅の笛譜』（龍笛長谷川景光、笙橋本薫明）（東京、フォンテック、2002年11月）［FDCD20032］