典子女王


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『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[典子@]

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典子女王 のりこ
のち 久邇典子 くに のりこ
古河典子 ふるかわ のりこ
 
【出自】
 
朝融王[久邇宮](のち久邇朝融)の五女。
 
【母】
 知子女王
 朝融王妃
 博恭王[伏見宮]の三女。
 
【經歴】
昭和十六年(一九四一)九月十八日、生誕。
『官報』第四四一二號 昭和十六年九月十九日 告示 「宮内省告示第十九號」
朝融王妃知子女王殿下本日午前零時三十五
分東京府東京市澁谷區宮代町一番地久邇宮
邸ニ於テ御分娩女王御誕生アラセラル
 昭和十六年九月十八日
        宮内大臣 松平 恒雄
典子女王
昭和十六年(一九四一)九月二十四日、「典子(ノリコ)」と命名。
『官報』第四四一六號 昭和十六年九月二十五日 告示 「宮内省告示第二十號」
本月十八日誕生セラレタル朝融王殿下ノ
第五女子名ヲ典子(【振假名】ノリコ)ト命セラル
 昭和十六年九月二十四日
        宮内大臣 松平 恒雄
久邇典子
昭和二十二年(一九四七)十月十四日、皇室典範第十三條の規定により、皇族の身分を離れる
『官報』第6226号 昭和22年10月14日 告示
○宮内府告示第十六号
 恒憲王妃敏子、邦壽王、治憲王、章
憲王、文憲王、宗憲王、健憲王、邦昭
王、朝建王、朝宏王、朝子女王、通子
女王、英子女王、典子女王、守正王妃
伊都子、孚彦王、孚彦王妃千賀子、誠
彦王、冨久子女王、美乃子女王、稔彦
王妃聰子内親王、盛厚王、盛厚王妃成子
内親王、信彦王、文子女王、俊彦王、
恒コ王妃光子、恆正王、恆治王、素子
女王、紀子女王及び春仁王妃直子各殿
下は、皇室典範第十三條の規定によ
り、昭和二十二年十月十四日皇族の身
分を離れられる。
 昭和二十二年十月十三日
     宮内府長官 松平 慶民
古河典子
昭和四十二年(一九六七)五月、古河潤之助と結婚。
『古河従純君伝』(東京、古河従純君伝編纂委員会、昭和四十六年(一九七一)九月)四七五頁
長男潤之助は ・・・・・ [昭和]四十二年五月元皇族故久邇朝融の五女典子と結婚、・・・・・
 
【配偶】
 古河潤之助 ふるかわ じゅんのすけ
 古河從純(ふるかわ じゅうじゅん。西郷從コの二男。古河虎之助の養子。男爵)の一男。
 古河電氣工業株式會社取締役。
『古河従純君伝』(東京、古河従純君伝編纂委員会、昭和四十六年(一九七一)九月) 四七五頁
長男潤之助は昭和十年十二月五日誕生、学習院初等科、中等科、高等科を経て、三十三年慶応義塾大学経済学部経済学科を卒業、同年六月渡米、ウィリアムス大学経済科において経営学を聴講、三十四年十二月欧州経由帰国、翌年一月古河電気工業に入社し、古河化学工業に出向した。現在古河電気工業電力事業部販売第二課長である。また父祖の遺業である古河林業の代表取締役会長の任にある。
 
【子女】
 
【文獻等】
平成新修 旧華族家系大成 下巻』 四六五〜四六六頁
昭和新修 華族家系大成 下巻』 四二九頁


 
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公開日時: 2014.10.11.

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