嶋原王 / 志賀嶋原
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嶋原王 | ||||
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七八四年(延暦三年)以降の誕生である可能性が高い。
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*志賀眞人嶋原 | ||||
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延暦二十四年(八〇五)二月十五日、志賀眞人を賜姓される。
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『百家系圖稿』巻十「天智天皇御流」は、はじめ湯原親王(天智天皇の孫。志貴親王の男子)の子「高田王【上書書込】(【注記】春日親王ノ子)」の子と作して其れを抹消(代わって「近海王」と傍書)し、別に、春日王(志貴親王の男子)の子「安貴王」の孫(父の名は、はじめは不記)と作し(上書書入)て其れを抹消し、もとは名が記されていなかった其の叔父の所に「嶋原王」と上書書込しているが、いずれも信用できない。 |
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『皇胤志』は、春日王(志貴親王の男子)の子である「安貴王」の子と作すが、信用できない。 |
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