親繁王
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天德五年(九六一)五月十日夜、強盗團の賊首として、中臣朝臣良材、源朝臣蕃基の男子らと共に、前武藏權守源朝臣滿仲宅に押し入る。滿仲に捕えられた從類の倉橋弘重の自白により、強盗團の賊首が親繁王であることが判明。親繁王は、從類と共に、父 式明親王の邸宅に入ったが、搜索の手が伸びるより前に脱出。親繁王は指名手配された。
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『大日本史料』第一編之十、八八一~八八二頁、應和元年五月十日(壬申)「盗、前武藏權守源滿仲ノ第ニ入ル、尋デ、勅シテ、中務卿式明親王ノ王子親繁等ヲ捕ヘシメ給フ、」 |
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奥富敬之『清和源氏の全家系1 天皇家と多田源氏』(新人物往来社、昭和六十三年(一九八八)九月)。再刊、奥富敬之『天皇家と多田源氏 摂関家の爪牙』(三一新書)(三一書房、一九九七年十二月) |
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日本史史料研究会 監修、赤坂恒明『「王」と呼ばれた皇族 古代・中世皇統の末流』(日本史史料研究会 監修。東京、吉川弘文館、二〇二〇年一月) |
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