相応院宮恒助法親王


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『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[恒助A]

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【僧】恒助法親王
 
 もと
宣助恒助
 仁和寺相應院(一五)
 
【號】
 もと「右大臣□」
 
【出自】
 恒明親王[常磐井宮]の男子。
 龜山院の孫。
 もと藤原朝臣季衡[大宮]猶子
 道意大僧正[仁和寺勝寶院](藤原朝臣實兼[西園寺]の子。東寺百四世長者)の資
心蓮院本『仁和寺諸院家記』「鳴瀧相應院」「宣助(改恒助)」(『仁和寺史料 寺誌編(一)』一七〇頁)
右大臣。 右大臣季衡公ー。實者恒明親王ー。後破猶子儀爲親王。道意僧正付法。御室(【右傍】後宇多院)御附法重受。
惠山書寫本『仁和寺諸院家記』上「相應院」「宣助法親王」(『仁和寺史料 寺誌編(一)』二六七頁)
改恒助。右大臣。右大臣季衡公息。實者恒明親王息。後辞猶子儀爲親王。道意僧正附法。後宇多院御附法重受。
 
【經歴】
藤原季衡[大宮右大臣]の猶子となる。
落飾し、仁和寺相應院に入室。
恒助と改名。
勝寶院道意大僧正の資となり、附法を受ける。
後宇多院より附法を重ねて受ける。
藤原季衡猶子を辭し、永和二年(一三七六)九月四日、親王となる。
『東寺王代記』永和二年九月四日
相應院恒助立親王。
コ大寺本『皇代略記』永和二年九月四日
相應院恆助立親王。
『大日本史料』第六編之四十七、二一九〜二二〇頁、天授二年/永和二年九月四日(乙酉)「北朝、相應院恆助ヲ法親王ト為ス、」
 
【文獻等】
稿本龜山天皇實録』一〇八三〜一〇八四頁「皇孫恒助親王」


 
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公開日時:2023.08.26.

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