礒江王


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『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[礒江]

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礒江王
 
 
磯江王に同じ。
 
【出自】
 三世王
 系譜未詳。
 
【經歴】
承和十四年(八四七)正月七日、無位より從五位下に敍される。
『續日本後紀』承和十四年正月甲辰
[詔授]无位礒江王、正六位上高叡王、並從五位下。
齊衡三年(八五六)正月十二日、駿河守に任じられる。
『日本文徳天皇實録』齊衡三年正月丙辰
從五位下紀朝臣東人爲伊賀守。礒江王爲駿河守。
貞觀元年(八五九)十一月十九日、從五位下から從五位上に敍される。
『日本三代實録』貞觀元年十一月十九日庚午
撤去悠紀・主基兩帳。 天皇御豊樂殿廣廂、宴百官。多治氏奏田舞、伴・佐伯兩氏久米舞、安倍氏吉志舞、内舎人倭舞。入夜[宮]人五節舞。並如舊儀。宴竟賜絹錦各有差。・・・・ 進右大臣從二位兼行左近衛大將藤原朝臣良相階加正二位。・・・・・ 散位從五位下礒江王從五位上。・・・・・
貞觀五年(八六三)二月十六日、大舍人頭に任じられる。
『日本三代實録』貞觀五年二月十六日己酉
[以]從五位下【上】磯江王爲大舍人頭。
貞觀八年(八六六)七月六日、伊勢臨時奉幣(告以應天門火)の使王を勤仕。時に大舍人頭從五位上。
『日本三代實録』貞觀八年七月六日戊申
遣使於伊勢太~宮、告以應天門火。告文曰。 天皇詔旨、掛畏伊勢度會宇治五十鈴河上下都磐根「以」【衍】大宮柱廣敷立、高天原[]千木高知、稱辭定奉天照坐太~廣前申賜倍止。去閏三月十日應天門并東西樓火災在燒盡。其後頻有物恠依[]卜求御體御疾事、又火災兵事等事可有卜申世利。因茲掛畏皇太~仰恃奉、大幣帛奉出賜牟止所念行、穢事頻有至于今未奉出賜。恐懼祗畏[御]坐。因改月擇日、大舍人頭從五位上礒江王、~祇大副從五位下大中臣朝臣豊雄等差使、忌部~祇權大祐正六位上齋部宿祢高善弱肩大繦取掛、礼代大幣帛大唐綵帛錦綾妙麗添加、持齋令捧持奉出賜。此状~奈加良聞食、今如此等、未然之外消滅賜、 天皇朝廷与日月共常盤堅盤、夜守日守護幸奉給申賜波久止申。辞別申。今年旱災有、百姓農業皆悉枯損。此又皇太~厚助天之甘雨「降」【衍】令降賜、五穀豊登之女、國家安平矜幸賜申給波久止申。
『類聚國史』巻十一「祈禱 上」貞觀八年七月六日戊申
貞觀八年(八六六)十二月二十九日、荷前使の次侍從となる。
『日本三代實録』貞觀八年十二月廿九日庚子
以從四位上【下】忠範王、從五位上礒江王、橘朝臣三夏、藤原朝臣直方、從五位下滋野朝臣善根、滋岳朝臣川人、源朝臣弼、藤原朝臣維範、並爲次侍從。
貞觀十一年(八六九)六月十七日、伊勢臨時奉幣(祈雨)の使王を勤仕。時に大舍人頭從五位上。
『日本三代實録』貞觀十一年六月十七日癸卯
遣使者於伊勢大~宮奉幣。告文曰。 天皇詔旨、掛畏伊勢度會五十鈴河上坐皇大~廣前美毛申賜倍止。頃間有旱災百姓農業燒損奴倍志。皇大~矜賜助賜牟尓、此災除滅牟止所念行、礼代大幣帛、大舍人頭從五位上礒江王、主殿權助從五位下大中臣朝臣國雄差使、忌部~祇少祐從六位下齋部宿祢伯江弱肩大襁取掛、持齎【齋】波利令捧持奉出。此状平介久聞食、甘雨忽降之米、五穀豊登之女、天下饒足之米比天、天皇朝廷寳位無動、常磐堅磐夜守日守倍止、恐美毛申賜波久止申。
貞觀十二年(八七〇)九月十一日、伊勢臨時奉幣(告例幣停止之由)の使王を勤仕。時に大舍人頭從五位上。
『日本三代實録』貞觀十二年九月十一日庚申
去八日、内裏有犬産穢。仍停奉伊勢大~宮幣使。遣大舍人頭從五位上礒江王、~祇大副從五位下大中臣朝臣國雄、申事由。大祓於建礼門前而發之。
『類聚國史』卷第三「~祇部」三「伊勢太~」貞觀十二年九月十一日庚申
貞觀十二年(八七〇)十一月八日、伊勢例幣の使王を勤仕。時に大舍人頭從五位上。
『日本三代實録』貞觀十二年十一月八日丙辰
先是九月十一日、内裏有犬産穢、停奉幣伊勢大~宮使。是日、遣大舍人頭從五位上礒江王、奉常幣、并鑄錢司及山城國葛野郡鑄錢所等新鑄錢。
『類聚國史』卷第三「~祇部」三「伊勢太~」貞觀十二年十一月八日丙辰


 
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更新日時:2022.01.27.
公開日時:2013.02.02.

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