和王, 源和
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『本朝皇胤紹運録』、『尊卑分脈』、吹上本『帝王系圖』に是忠親王(光孝天皇の男子)の男子とあるのは誤り。和王が二世王の蔭位位階 從四位下に敍された時點では光孝天皇は踐祚前であり、また、是忠親王の生年は『公卿補任』から逆算すると八五七年(齊衡四年/天安元年)であり、年代的にも合わない。
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和王 | ||||
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元慶三年(八七九)正月七日、從四位下に敍される。
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元慶四年(八八〇)二月五日、大極殿の竣工を報せるため、平野社に遣わされる。時に散位從四位下。
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源朝臣和 | ||||
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元慶四年(八八〇)二月五日から仁和二年(八八六)二月二十一日の間に、源朝臣を賜姓される。 | |||
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仁和二年(八八六)二月二十一日、侍從となる。
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『本朝皇胤紹運録』・『尊卑分脈』によると、從四位上に敍される。 | |||
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『本朝皇胤紹運録』・『尊卑分脈』・吹上本『帝王系圖』によると、相模守となる。 | |||
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『稿本光孝天皇實録』二七一〜二七二頁「皇孫和王」 |
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