池上王 / 池上女王


前頁 「 池 [池上①]
『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[池上②]

フレームなし

工事中

池上王 / 池上女王
 
 孝謙・稱德天皇の側近であったと推定される。
 
【出自】
 未詳
 三世女王~五世女王
『續日本紀』天平寶字四年正月丁卯條から、或いは、藤原惠美朝臣押勝(藤原仲麻呂)家の成員と婚姻していた可能性がある。五世女王には諸臣との婚姻が認められていたので、その場合、池上女王は五世女王となる。
『續日本紀』天平寶字七年九月丙寅條から、池上女王は山村王と二人だけで昇敍にあずかっている。山村王は用明天皇の男子 久米王(來目王/來目皇子)の後裔で、『皇親簿』に記載されていない五世王と推定されるので、或いは池上女王は山村王の姉妹であった可能性もあるか。
 
【經歴】
天平十九年(七四七)正月二十日、無位より從五位下に敍される。
『續日本紀』天平十九年正月丙申
[授]無位【無品】井上内親王二品。无位難波王、飛鳥田王並從四位下。無位長柄王、久勢王、池上王並從五位下。
從五位下から從五位上に昇敍。
天平寶字四年(七六〇)正月五日、藤原惠美朝臣押勝(藤原仲麻呂)第に行幸の日、從五位上から正五位上に昇敍。
『續日本紀』天平寶字四年正月丁卯
是日、 高野天皇及 帝幸太師第。授正六位上巨勢朝臣廣足從五位下。從三位藤原朝臣袁比良正三位。從五位上池上王正五位上。從五位上賀茂朝臣小鮒、飯高公笠目並正五位下。賜陪從五位已上錢。
天平寶字五年(七六一)正月二日、正五位上より從四位下に敍される。
『續日本紀』天平寶字五年正月戊子
正四位下小長谷王正四位上。正五位上池上王、无位置始王、小葛王並從四位下。无位川上王從五位下。
天平寶字七年(七六三)九月二十七日、從四位下より正四位下に敍される。
『續日本紀』天平寶字七年九月丙寅
授從五位上山村王正五位下。[從四位下]池上女王正四位下。
天平寶字八年(七六四)九月二十日、藤原惠美朝臣押勝(藤原仲麻呂)の亂の鎭定後の論功行賞において、正四位下より從三位に敍される。
『續日本紀』天平寶字五年正月甲寅
[授]正四位下池上女王、正五位上藤原朝臣百能並從三位。无位藤原朝臣玄信從五位下。
天平寶字九年/天平神護元年(七六五)正月七日、勲二等を授けられる。
『續日本紀』天平神護元年正月己亥
授從三位池上女王勲二等。
池上女王が勲二等を授けられたのは、池上女王が藤原惠美朝臣押勝(藤原仲麻呂)家の成員と婚姻していたとすれば、それにもかかわらず押勝側でなく孝謙上皇側に付き、上皇側の勝利に貢獻したためである、と推測できるか。
 
工事中 【逸事等】
『日本古代人名辭典』「池上女王」に、
宝字四、東大寺写経所雑文案に「阿弥陀浄土一鋪、六幅者、右依池上王今月廿三日宣奉請内裏」とあるのも、この女王のことであろう(十四403)。
とある。
 
【文獻等】
竹内理三/山田英雄/平野邦雄 編 『日本古代人名辭典』第一卷 160頁上「池上女王」


 
次頁 「 池 [池上③]
『 親王・諸王略傳 』 目次 「 ち 」  『 親王・諸王略傳 』 の冒頭
『 日本の親王・諸王 』 の目次


公開日時:2022.02.07.

Copyright: Ahmadjan 2022.2 - All rights reserved.