前頁 「 永 [永俊]
『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[永潤]
 
フレームなし


【僧】永潤
 玉鑑永潤

 大聖寺宮
  ※ 最後の大聖寺宮
『尼門跡の言語生活の調査研究』所收『御由緒書 大聖寺門跡』によると大聖寺第二十一世。
谷口陽子『大聖寺控』によると大聖寺第二十四世。
第二十四世 普明浄院(【振假名】ふみようじよういん)宮玉巖【ママ】永潤尼大禅師 光格上皇の皇女
 
【稱號】
 「倫宮」 都禰 つねのみや
 
【法號】
 「普明淨院
 
【出自】
 光格天皇の女子。
 
【生母】
 藤原朝臣聰子
「菖蒲小路局」
藤原朝臣公聰[姉小路]の女子。
 
【經歴】
文政三年(一八二〇)五月一日亥半刻、姉小路邸にて誕生。
『三寳院日次記』文政三年五月二日
菖蒲小路御局昨夜亥半刻御安産。姫宮御降誕。
『本朝皇胤紹運録』には「文政三年五月二日誕生」とある。
「倫宮」
文政三年(一八二〇)五月七日、「倫宮」と稱號を定められる。
『三寳院日次記』文政三年五月七日
・・・・・ 姫宮樣御七夜に付、御名附被爲在。別紙四ッ折御渡。寫相濟候はゞ、里亭へ返却之旨、議奏中より御達之趣御傳達也。倫(都禰)。
文政三年(一八二〇)十二月十一日、大聖寺を相續(勅約)。
文政四年(一八二一)十一月二十四日、髪置。
玉鑑永潤
文政九年(一八二六)四月二十三日、入寺、得度。七歳。紫衣を拜領する。景愛寺住持。
文政九年(一八二六)十二月二十三日、深曾木。
文政十三年(一八三〇)五月二十八日、疱瘡のため入寂。十一歳。
『光格天皇日次案』文政十三年五月廿八日乙酉
陰リ不定。
倫宮【大聖寺宮玉鑑永潤】(御逗留于大聖寺室之處、爲御違例之間、於彼室有御養生)今日申半刻逝去。因茲自今日至來月一日三箇日、被停物音。爲敕使園池前中納言參上(因倫宮逝去也)。
爲御使右兵衞督參内(同上、并被進御使之事被御謝)。
『實久卿記』文政十三年五月廿八日乙酉
リ。辰剋斗參院。皇女【倫宮。大聖寺宮玉鑑永潤】伺御容體御同樣云々。御疱瘡云々。申半剋斗薨去云々。依之三ヶ日廢朝。院中被止物音了。先日以來大聖寺室御逗留也。
『近代散状留』文政十三年五月廿八日
倫宮薨去。三ヶ月廢朝。
『尼門跡の言語生活の調査研究』所收『御由緒書 大聖寺門跡
当寺第二十一世普明浄院玉鑑永潤宮
光格天皇ノ皇女。母儀ハ藤聡子、姉小路家ノ出。文政三年五月朔日降誕。同年十二月十一日当寺ヘ相続ノ勅約アリ。然ルニ当寺ハ天明ノ大火ニ建造物ノ全部類焼シタルヲ以テ文政八年当代父皇ノ勅旨ニヨリ宸殿ヲ新築下賜セラル(此宸殿ハ今尚存ス)。同九年四月二十三日入寺得度。即日紫衣拝領ス。同十三年五月二十八日薨ス。寿十一。当代薨去以後数十年間無住。・・・・・
稿本光格天皇實録』二一三六頁 文政十三年五月二十八日、「皇女倫宮、薨ズ、仍ツテ是日ヨリ三箇日間、物音ヲ停メラル、」
文政十三年(一八三〇)六月一日、法號を「普明淨院」と定められる。
『近代散状留』文政十三年六月一日
倫宮號普明淨院。
文政十三年(一八三〇)六月二十六日、歡喜寺に葬られる。
『詰所系圖』、第百二十代(光格)太上天皇の子「皇女」
大聖寺。母菖蒲小路藤原聰子、姉小路故公聰卿女。文政三年五月一日(亥半刻)降誕(御産家姉小路亭)。同七日被稱倫(都禰)宮旨被仰出。同年六月四日御參院。同年十二月十一日大聖寺室御相續。同四年十二月二十四日御髪置。同五年十一月二十日御色直。同九年十二月廿三日御深曾木。同十一年四月二十六日御紐直。同十三年五月廿六日御疱瘡御治定。同年同月廿八日於大聖寺室逝去(文政九年四月廿三日始大聖寺室被爲成、御逗留。其後屡々御逗留有之)。同年六月廿六日葬歡喜寺(十一歳)。奉號普明淨院宮。
類從本『皇胤紹運録』、光格天皇の子「大聖寺皇女」
〔母菖蒲小路藤聰子。元新典侍。姉小路故公聰卿女〕
文政三年五月二日誕生。同七日稱倫(【振假名】ツ子)宮。同十二月十一日大聖寺室相續。同四年十一月廿四日髪置。同九年十二月廿三日深曾木。同十三年五月廿八日於大聖寺室薨(十一)。同六月廿六日葬于歡喜寺。號普明淨院。
 
【墓所】
 「大聖寺宮墓地」
京都市上京區鶴山町歡喜寺内
 
【著述等】
「倫」署名の二通の消息、「心おほへ」と「口上」
『尼門跡の言語生活の調査研究』(口繪寫眞@、五一八〜五二〇頁)所収。
特に後者は、「幼少の宮(満九歳ごろ)の口語資料(文政十二・三年ごろ)として貴重である」(『尼門跡の言語生活の調査研究』五一九頁)。
 
【文獻等】
清水正健『皇族考證』第伍巻、四〇二〜四〇三頁
井野口有一・堀井令以知・中井和子『尼門跡の言語生活の調査研究』(風間書房、昭和四十年(一九六五)八月)、二六〜二七頁
谷口陽子『大聖寺控 ── 京の尼門跡の聴き書など ──』(私家版。東京、昭和六十一年(一九八六)九月二版)、三一頁
服部早苗/西野悠紀子/伴瀬明美/菅原正子/久保貴子『歴史のなかの皇女たち』(東京、小学館、二〇〇二年十二月)「尼門跡表」大聖寺、二七一頁
服部早苗/西野悠紀子/伴瀬明美/菅原正子/久保貴子『歴史のなかの皇女たち』(東京、小学館、二〇〇二年十二月)「皇女一覧表」、二五四頁


 
次頁 「 永 [永助]
『 親王 ・ 諸王略傳 』 目次 「 え 」  『 親王 ・ 諸王略傳 』 の冒頭
『 日本の親王 ・ 諸王 』 の目次


更新日時: 2007.06.02.
公開日時: 2004.02.17.


Copyright: Ahmadjan 2004.2 - All rights reserved.