前頁 「 一 [一條@]
『 親 王 ・ 諸 王 略 傳 』
  
[一條A]
 
フレームなし


□「一條宮」
 工事中 道伊
か(未勘)
 
【出自】
 後鳥羽院の男子。
 禪林寺僧正道譽の弟子。
 
【經歴】
一二〇一(正治三年/建仁元年)生。
『明月記』建保元年九月九日條より逆算。
藤原朝臣高能[一條]の未亡人(藤原朝臣宗家の女子)に養われる。
『明月記』建保元年九月九日
建暦三年(一二一三)春、出家。
『明月記』建保元年九月九日
建暦三年(一二一三)四月二十九日、南都において受戒。
『百錬抄』建保元年四月廿九日
上皇皇子(號一條宮)於南都有御受戒事。
建暦三年(一二一三)九月八日、赤痢により薨逝。十三歳。
『明月記』建保元年九月九日
一條宮(去春出家給。鞠足。禪林寺僧正【道譽】弟子)薨之由聞之(年十三)。高能卿後家宗家卿御娘所奉養也。
『仲資王記』建保元年九月十日【要確認】
一條若宮薨去之由有其聞(御年十三歟)。赤痢病。自去七日御惱云々。
『百錬抄』建保元年九月八日丙午
上皇皇子一條宮薨。
『仁和寺日次記』建保元年九月九日
一條宮薨(御年十三。上皇御子。道譽僧正弟子)。
 
【逸事等】
蹴鞠の名人(鞠足)であった。
『明月記』建保元年九月九日
 
【文獻等】
 ● 清水正健『皇族考證 第肆巻』、二〇三頁


 
次頁 「 一 [一老]
『 親王 ・ 諸王略傳 』 目次 「 い 」  『 親王 ・ 諸王略傳 』 の冒頭
『 日本の親王 ・ 諸王 』 の目次


更新日時: 2003.06.29.
公開日時: 2003.06.27.


Copyright: Ahmadjan 2003.6 - All rights reserved.